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熊本地方裁判所 昭和35年(わ)244号 判決

被告人

角義人 外八名

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主文

被告人角義人、同南郷兼富、同原田徳道、同竹田佐市、同黒岩一美、同寄元忠雄、同西川耕久、同堀川利男を各懲役四月に、被告人樫本栄一を懲役三月に

処する。

但し、各被告人に対し、この裁判確定の日から三年間右各刑の執行を猶予する。

(訴訟費用の負担部分略)

理由

(罪となるべき事実)

被告人らは、当時、いずれも三池炭鉱労働組合(以下三池労組と略称する)の組合員であつたが、右三池労組が三井鉱山株式会社の企業整備案に反対して労働争議中の昭和三十五年三月十五日、組合が分裂し、同労組を脱退した者により三池炭鉱新労働組合(以下新労組と略称する)が結成され、爾来三池労組側の組合員や家族と新労組側の組合員や家族等との間において屡々紛争を生じたが、

第一、被告人角義人、同南郷兼富、同原田徳道、同竹田佐市、同黒岩一美及び同寄元忠雄は、同月二十八日午前十時過ぎ頃、荒尾市大島社宅内大島売店附近路上において、折柄同所を歩行中の新労組員佐伯巽(当四十年)及び大津光幸(当二十八年)の姿を認めるや、予てから新労組側に対して強い忿懣の情を抱いていたところから、この際右両名を難詰暴行すべく、偶々同所に居合せた三池労組員等約二十名とも互に共謀の上、右両名を取り囲み、右佐伯に対し、被告人寄元忠雄において「お前は何時犬畜生になつたか」と詰りながらその胸部附近を二、三回押したり引いたりし、同南郷兼富において腿附近を棒で突いたり蹴つたりし、同原田徳道において各一回脇腹附近を蹴つたり腰の附近を棒で突いたりし、同竹田佐市において「裏切者」と言いながら一回腰の附近を足蹴にし、同黒岩一美において五、六回臀部を足蹴にした外、氏名不詳者において数回背部等を蹴りつけ、右大津に対し、同角義人においてその胸部附近を押したり引いたりし、同所に坐り込んだ佐伯等両名に対し、同角義人において一回バケツで水を浴せかける等の各暴行を加えもつて多衆の威力を示すと共に数人共同して暴行をなし、

第二、被告人西川耕久、同堀川利男及び同樫本栄一は、予て同じ三池労組三川支部府本校区地域分会に所属した原田政満(当四十八年)が同労組を脱退して新労組に加入したことに対し強い不満を抱いていたところから同人を詰問且つ脅迫すべく意思相通じて、同年四月九日午後五時三十分頃、荒尾市樺四百五十五番地の同人方に至つたが、偶々同人が不在であつたため留守居の同人妻松枝(当四十四年)に対し厭がらせをいつて同女を脅迫すべく俄に共謀の上、その玄関前附近において同女に対し、被告人堀川利男において「お前げん親父を今日は打ち殺しに来た」旨、同樫本栄一において偶々その附近に居合せた三本足の犬を示して「もういつときするとお前げん親父もこぎやんしてやる」旨それぞれ申し向けて同女の夫原田政満の生命身体に危害を加うべく気勢を示し、次いでその頃散歩から帰宅した右原田政満に対し、同人方縁先附近で被告人西川耕久において手掌をもつて同人の顔面を撫でたり額をこすつたりしながら語気荒く「裏切りもん」とか「第一組合を暴力というからいつぺんくらいよかろう」とか「打ち殺されんと分らんじやろう」とか申し向け、被告人堀川利男において鉄帽を振り上げたり天秤棒(昭和三十六年押第一七七号)を振り廻したりして「こん畜生打ち殺してやろうかね」等と申し向けて同人の生命身体に危害を加うべき気勢を示し、もつて原田政満及び同松枝の両名を数人共同して脅迫し

第三、被告人堀川利男は、同日午后九時頃、同市府本門田酒屋附近路上において、折柄同所を歩行中の前示原田政満の姿を認めるや、同人に対し「まだ府本ん町をうろうろしよる」と言いながらいきなり同人の足を二回位蹴りつけて暴行を加え

たものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人らの判示所為中第一及び第二の点は、いずれも暴力行為等処罰に関する法律第一条第一項、罰金等臨時措置法第二条、第三条に、第三の点は刑法第二百八条、罰金等臨時措置法第二条、第三条に該当するが、右第一の各被害者に対する各暴力行為等処罰に関する法律違反罪は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから刑法第五十四条第一項前段、第十条により犯情の重い佐伯巽に対する暴力行為等処罰に関する法律違反罪の刑によるものとし、所定刑中懲役刑を選択した上、被告人角、同南郷、同原田、同竹田同黒岩、同寄元をその刑期範囲内で各懲役四月に処し、被告人西川、同樫本につき、判示第二の各被害者毎の暴力行為等処罰に関する違反罪は刑法第四十五条前段の併合罪であるから、所定刑中いずれも懲役刑を選択した上、同法第四十七条本文、第十条により犯情の重い原田政満に対する暴力行為等処罰に関する法律違反罪の刑に併合罪の加重をした刑期範囲内で被告人西川を懲役四月に、同樫本を懲役三月に処し、被告人堀川につき、判示第二の各罪と第三の暴行罪とは刑法第四十五条前段の併合罪であるから、所定刑中すべて懲役刑を選択した上、同法第四十七条本文、第十条により結局犯情の重い原田政満に対する暴力行為等処罰に関する法律違反罪の刑に併合罪の加重をした刑期範囲内で同被告人を懲役四月に処し、各被告人に対し刑法第二十五条第一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右各刑の執行を猶予し、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文に則り主文第三項掲記のとおり夫々被告人らに負担させる。

(弁護人らの主張に対する判断)

弁護人らは、仮定的に、本件各公訴事実程度の被告人らの所為は今次三池争議における三池労組の分裂により労組内部間に激しい軋轢が生じた結果、同労組側が脱退した新労組側に対し、三池労組への復帰と団結を呼びかけた説得活動それ自体ないしそれに類する所為に外ならず、いずれも労働組合に対し保障された団結権ないし団体行動権の当然の現れであり、正当な組合運動の範疇に属するものであつて、なんら違法、有責な点は存しない旨縷々強調するので、以下この点につき判断する。百田昭外六名に対する熊本地方裁判所昭和三十五年(わ)第一九八号暴力行為等処罰に関する法律違反等被告事件の第十四、十五回公判調書(謄本)中証人宮川睦男の、第十四回公判調書(謄本)中証人谷端一信の、第十五回公判調書(謄本)中証人木村正隆の各供述記載を綜合すれば、三井鉱山株式会社は、昭和三十四年一月、三池労組等に対し営業不振を理由に人員整理等を内容とするいわゆる第一次合理化案を提示して以来、各種会社案を不当とする同労組との間で累次の接衝を続けたが結局双方の意見が纒らず、同年十二月頃会社側は同労組に対し約一千二百名の組合員の指名解雇をなし、同労組は週二回の全面ストライキをもつてこれに対抗するに至り、昭和三十五年一月二十五日には会社側は解雇に伴う配置転換に対する組合側の阻止を理由に作業所閉鎖を強行し、組合側は直ちに無期限の全面ストライキをもつてこれに応えたが、争議の長期化に伴い組合内部に斗争方針に対する批判勢力が生れ且つ会社側の執拗な組合切崩し工作もあつて、遂に同年三月十五日頃、組合の分裂して第二組合たる新労組が結成され、爾来職場にあつては就労を強行せんとする会社側並に新労組側とそれを阻止せんとする三池労組側との間に屡々紛争を生じ、(同月二十七日には第二人工島入気坑口より新労組員らが入坑し、翌二十八日には三川坑東仮設門附近で同様新労組員の強行就労に伴う乱斗事件があり多数の負傷者を出した)社宅街にあつては三池労組員の主婦をもつて組織された主婦会を中心として新労組側の家族との間に激しい感情的対立並に暴力沙汰が頻発したばかりか、暴力団の介入もあつて三池労組員久保清の刺殺事件(同月二十九日)を含む各種暴力事件が相次いで発生し、数次の会社側申請に係る各種仮処分の執行に当つては治安維持のため警察官が出動し、遂にはその数が約一万二千名になるに及び、三池労組側も約二万名に達する各種支援労組員の集結を求めて警察官と対峙するという事態が生ずるや、遂に同年七月二十日中央労働委員会のいわゆる中山斡旋案を労使双方が受諾して漸く争議が終つたもので、本件各判示の事実はすべて右争議中の発生に係るものであることが認められる。

ところで組合活動の正当性は一般的にいつてその目的及び態様の二面から判断することができるが、所詮その目的は労働法の精神に立脚した社会通念による争議目的達成のための一環した行為と認められる範囲内の目的に限られ、その態様は右同様正当な手段として許容できる程度を越えない範囲に止まることを要すると解すべきは当然であるが、共に具体的事案に則して労使双方の統一的な組織活動としての対抗関係の実体を把握することにより即ち諸般の情況を考慮して相対的、流動的にその正当性の範囲を劃するの外はない。しかして争議中の脱退組合員に対し組合の団結を回復するためその反省を促して復帰を求める各種説得行為それ自体は、一般的にいつて究極のところ憲法の保障する労働基本権を維持、回復或は防衛する目的に通ずるもので正当な目的に出た所為に外ならないというべきであるから、その手段、態様において前示正当性の範囲を越えない以上、組合活動の一つとして当然許容されるべき性質のものと解すべきである。以下これを本件につきみるに、被告人等のうち角義人外五名の判示第一の所為及び被告人堀川利男の判示第三の所為は、同被告人の前掲同被告人関係の証拠等により明らかなとおり、単に新労組ないしその組合員らに対する日頃鬱積した忿懣を暴発させたものに外ならず、前認定のごとき今次争議における労使間の各種対抗関係のすべてを考慮しても、前示のごとき正当な説得の目的はもちろんそれと同視しうる目的その他争議目的達成のための正当な組合活動と目すべき目的からその挙に出たものとは到底認められない。してみれば、同被告人らの判示各所為につきその手段、態様の正当性を論ずるまでもなく弁護人等の正当行為の主張は理由がないことに帰する。

次いで被告人西川耕久外二名の判示第二の所為につき考えるに、前掲同被告人関係の証拠等によれば、その目的の一面においてなるほど新労組員或はその家族に対する忿懣の情が働いたことを認めるのは容易であるが、他面また団結権擁護のために脱退組合員或はその家族に対し、脱退したことの反省を促してその復帰を求める説得の意図に出た所為であることも窺えないではないから、更に進んで順次その手段の正当性につき検討するに、前掲各証拠に明らかなとおり、前認定のごとき今次争議における労使間の当時の勢力状態ないし対抗関係並に本件各犯行の日時、場所、相手方、態様多衆の示威の程度等諸般の情況を彼此綜合して勘案すれば、各被告人等の判示所為は正当な説得活動の手段の範囲を遙かに逸脱したものと断ずる外はなく所詮正当行為として刑事免責を受ける筋合の所為でないことは明白であり、その他一件記録を仔細に検討しても本件各被告人につきその各判示認定事実の違法性ないし有責性を阻却すべき事由は全く見当らないので弁護人らの本件主張は結局採用の限りでない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 安東勝 松本敏男 鍋山健)

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